千早でアマゾってみても...


意図に反して?

千早でキーワードを設定したら、
アイドルマスターな人ばかりが出てきてしまいます。(投稿時点で如月千早ばかりです)

千早赤阪村 が全く出てこない事に、なんだか悲しいものを感じます。
金剛山のふもとと言えども、知名度でバーチャルな存在のアイドルに負ける程度でしかないのか...
とはほ。

いっそ、観光大使にでもなってもらったらどうでしょう?

金剛山と役小角/役の行者

役小角(えんのおづぬ)をご紹介します。
役の行者(えんのぎょうじゃ) というのが通称で、こちらもよく使われます。

金剛山に縁のある歴史上の有名人として、この人は外せません。

修験道の開祖と言われています。

金剛山に所縁のある歴史上の人物として最も古い年代に登場します。生没は634年~706年と伝えられています。
同時代の人物としては、中大兄皇子、中臣鎌足、蘇我入鹿 等がいます。 大化の改新(646年)の時代ですね。

大和国葛城上郡茅原(現在の奈良県御所市茅原)に生まれ、元興寺(奈良市 南都七大寺の1つ)で高麗の僧から学んだとされています。孔雀明王の呪法を修めたとされています。インテリですね。

その後、金剛山、熊野、大峰山 で修行に明け暮れ、神通力を会得します。
役の行者の修行には際限が無く、遠く出羽三山や鳥海山でも修験道を広めています。新幹線の無い時代にすごい話です。
また、鬼人を呪で縛って使役したというのも大変有名で、役の行者の肖像では、前鬼・後鬼と呼ばれる鬼が一緒である事が多いです。

さて、晩年の役の行者は謀反の疑いを掛けられて伊豆大島へ流されます。
しかし、この超人にとっては流罪など意味が無かったようで、毎晩海上をあるいて富士山の山頂まで行っていたとか、飛行術を会得したとか、とんでもない伝説が今に伝わっています。
後に謀反の疑いは晴れて、金剛山へ帰ってきたとされています。

さてさて、このように伝説的な話が多いのですが、それほどの超人だったのかもしれません。
イエス・キリストの奇跡も、現代の我々が聞けばちょっと話大きすぎと思ったりするのと同様なのかと思ったりします。

中には、朝鮮半島、新羅の山中で、五百匹の虎に交じって道昭(遣唐使として唐にわたり、玄奘三蔵に師事して法相教学を学んだとされる僧)の講義を聴き、道昭に質問した、なんてものもあります。

さて、そんな様々な力をもった 役の行者 が開基の転法輪寺が金剛山の山頂にあります。

一度、訪れてみてはいかがでしょう?

金剛山と楠木正成

さて、金剛山といえば楠木正成の名は必ず出てきます。
千早城での戦いは籠城戦が成功した戦いとして有名ですし、そのゲリラ戦法もよく知られています。

私自身も勉強不足でしたので、この辺で楠木正成について短くまとめておいて、お客さんに説明できるようにしておきたいとおもいます。

楠木正成は、鎌倉時代末期に活躍した人物で、
生没は、永仁2年?(1294年? 定かでない)~延元元年/建武3年5月25日(1336年7月4日)とされているので、42歳まで生きたという事でしょうか。

この時代の事は「太平記」により記されているのが大半ですが、結構脚色も多い軍記物語(怨霊の跋扈なども描かれている)として南朝よりに書かれているらしいです。
面白おかしくして観客を沸かせようとするのは、今も昔も変わらない事のように思います。

生まれは千早赤阪村(当時は、河内国石川郡赤坂村)です。
楠木氏は、この地方の豪族であったようです。
悪党などとも言われています。(日本の歴史においては中世に既存支配体系へ対抗した者・階層を悪党と呼んでいるそうです。)

元弘の乱(げんこうのらん)(1331年)で後醍醐天皇の挙兵に応じた楠木正成は、長期戦は無理と判断して下赤坂城に自ら火を掛けて一旦は姿をくらます。
しかし、倒幕運動が沈静化したかに見えた頃、潜伏していた正成は、元弘2年(1332年)、金剛山の千早城で挙兵し、様々なゲリラ戦を駆使しつつ戦いました。(鎧を着せた藁人形を囮として矢を射掛ける、糞尿攻撃を行う etc)
そうして、長期間(90日とも言われる)籠城して鎌倉幕府の大軍をひきつけている間に、各地に倒幕の機運が広がっていったとか。

その後、足利尊氏の離反(後醍醐天皇に冷遇された為などと言われている)により足利氏と敵対する事となります。

正成最後の地となった湊川の戦い直前に、西国街道の桜井(大阪府三島郡島本町桜井)で、息子 正行と今生の別れとなった「桜井の別れ」は、戦前の歴史教科書には必ず載っていた逸話らしいです。能の題目であったり、鉄道唱歌にも歌われているそうです。

そして、湊川で足利直義(足利尊氏の同母弟)に敗れた正成は、弟の正季(まさすえ)と刺し違えて自害したとされています。
このとき正季は「七生報国」(七たび生まれ変わっても、朝敵を滅ぼし、国に報いるの意)を誓っているのだそうで、大変有名な言葉だそうです。すごい執念ですね。

戦死した正成の首は、足利尊氏により丁寧に遺族へ返還されたとされており、その際「むなしくなっても家族はさぞや会いたかろう」と尊氏が述べたとされており、尊氏は清廉な正成に一目置いていたようです。

正成の佩刀であったと伝承される小竜景光(国宝 東京国立博物館蔵 楠公景光とも呼ばれる)は、明治天皇の佩刀となり、明治天皇は大本営が広島に移った時も携えていたとされています。

簡単にまとめると、こんなもんでしょうか。

金剛登山の理由

さて、金剛山は、なぜこんなに登山者が多いのでしょう?
大都市近郊という事情もあります。
修験道の聖地であったり、天皇ゆかりの神域があったり、そういった事情もあるでしょう。
回数を数えてくれるというのも大きな理由ですし、
特に南大阪出身者は、子供の頃に学校かた登山にやってきたという記憶が残っているのも理由だと思います。
楠木正成などのように、歴史に名を遺した人物に縁のある場所がらというのも、歴史好きに愛される理由かもしれません。楠木正成の銅像は、皇居にもありますね。
PLの花火を見るために山頂を目指す人もいます。
マラソンのトレーニングという人もいます。
富士登山に備えてという人もいます。
ゴルフの為に、足腰を鍛えているという人もいます。

もはや、金剛登山自体が目的になってしまっている人もいます。

色々な理由があると思います。

日常的に金剛登山をしている人というのは、一説には平日でも2000人程度いるという話もあります。

多くの人に愛されている山、金剛山は、
今日も静かにたたずんでいます。

いつまでも、この自然が保たれるといいですね。

欲を言えば、世界遺産なんかにノミネートされると楽しいのではないかと思ったり。
現在は、国定公園として保護されれいます。
正直、制限も多くて良し悪しなのですが、どうせ制限されるんだったら、国立公園なんかよりも、世界遺産がいいなぁと(笑)

まぁ、商売をしている立場からの視点では、世界遺産の方がメリットあるように思ってしまいます。
外国人観光客用の予算は、Yokoso Japan なんかを展開しているのを見ても明らかなように、結構潤沢な気がしたり・・・

羽田ばっかりスポットが当たって、最近元気なさげな関空浮上の為にも、関空から近い観光資源を放っておく事はないでしょ?

さてさて、如何なものでしょうか。

金剛山について知っている事

高さが1125mとか、大阪府最高峰とか、そういう基礎知識は、まぁ地元ですので知っていますが、
まぁ、その程度しか知らないというのが本音です。

あと、金剛山が誇れる部分といえば、登山者数でしょうか?
日本でも有数の登山者数を誇る山であることは間違いありません。
生涯登山回数10000回以上という方も実在します。一万回ですよ! すごいです。

大阪近郊なので、比較的アクセスも簡単です。最近は山ガールも増えてきたようです。
登山が苦手でも、ロープウェイもありますから、比較的軽装でも大丈夫です。
(冬は防寒対策をしっかりしておく事を強くお薦めします。)

雪が降ると、子供と一緒に家族で登る人が多いです。
スキーができない年齢でも、金剛山の上でソリ遊びなら楽しめます。

大阪側に降りても、奈良側に降りても、人家が山裾まであるのも特徴でしょうか。
しかし、道に迷った場合、降りるのはお薦めしません。山で迷った場合には登るのが鉄則です。
金剛山でも、迷ったら上に登るようにしましょう。

まぁ、このへんで、金剛”山”から離れて考えると...

金剛と名の付く名称や物品は多くあります。
金剛石はダイヤモンドの事です、なんとも高貴ですね。

思いつくだけでも、金剛という軍艦が旧日本海軍に存在していましたし、自衛隊には金剛というイージス艦が存在しています。
(自衛隊には、千早という艦もあります)
金剛駅は大阪狭山市にある駅名ですし、金剛組は四天王寺の近くにある建設会社で、四天王寺が建立されたときから存在しているという、恐るべき長命な会社(西暦578年創業)です。金剛バス(金剛自動車)は金剛山と富田林駅を結んでいるバス会社ですね。

北朝鮮にある観光名所も金剛山という名前です。現代が行っている観光事業で有名になりましたね。
ファミマもあるのだとか、日本の金剛山には残念ながらファミマどころか、コンビニはありません。
北朝鮮より遅れているとは、ショックです。

あれ、これぐらいしか思い浮かばないですね。
うーん。困った...

そうそう、昔は冬の寒さを利用して、凍り豆腐の製造が盛んだった。いやいや、金剛とからんでないし。

えーと、もうネタ尽きたわ。

おもいつくままに書いてみましたが、なんと薄い内容。
自分が長年住んでいるところについて、本当に知らないんだなぁと、しみじみ思います。

もうちょっと、なんとか、まともな事が書けるように、勉強しないといけないなぁと痛感しています。

そういえば、楠正成も、役の行者も、名前だけはしっていますが、その活躍やらなんやらは、ぼやーっとしか知りませんね。

そういう事も、もうちょっと紹介できるようになんとかしていきたいものです。

話は変わりますが、金剛山のアルファベット表記は KONGOZAN ですが、英訳したら Diamond Mountain になるのでしょうか?
ふと思いついたのですが、どうでしょう? そういう事を考えたことなかったなぁ。
Diamond Mountain で宣伝したら、間違ってダイヤ買いにくる外人とかで賑わったりしないでしょうか?
まぁ、英語で喋られても困るのですが(中国語や韓国語では、もっと困りますが)。

話も脱線してしまったので、今日はこの辺で終わりにしておきます。
近いうちに、また。